スプラトゥーン3の同人誌を2週間で作らなきゃいけないのに、なぜかフォントを1から作りはじめた

2023年、コミックマーケット103の1日目、12月30日(土)にて東京ビッグサイト東ピ-43aにて、7年ぶりの新刊「AQDO 準備号」を頒布します。当初予定していたものにならなかったので “準備号” というタイトルになりました。なんでこんなことになったのか、プロモーションも兼ねてお話しさせてください。

歳をとるとできなくなる

7年ぶりに同人誌を作りました。スプラトゥーン3を題材に『AQDO(アクド)』というタイトルのデザインの冊子です。前回『HITEYE』を作って次の本を作るぞ、と思ったまま、あっという間に7年が過ぎ、今、39歳。

なんで今作るの?正直に言えば危機感があったのだと思います。この7年間、ただ自分で何か好きなことをやっている感覚というのがまったくなかったんですよね。

「いや、勝手にやればいいじゃん」という話なんですが、歳取るとだんだんできなくなってくるんです(少なくとも私は)。能力がなくなるという以上に問題なのが「やればできる」という自信がなくなっていくことで。自信がないとやりたいこともやりたくなくなってくる。2023年は私にとって「落ちていくやる気」「やりたいことができる機会」の需要曲線・供給曲線がぎりぎり一致する、最後の年だなと。

ここをスルーしたら自分の中で何かが終わるなと思い、冬コミに応募したのが今年の8月。そして11月に当選通知が。もうその時点で8月にあったエネルギーがさらにすり減っていっている中で、エネルギーを振り絞って12月半ばにようやく着手する気になり、2週間で完成させたのが今回の『AQDO』になります。いや着手が遅えのよ!でも無理だったのよ…!

もうここまできたら当初考えていた企画を捨て去り「自分がスプラトゥーンのコミュニティにどう寄与できるのか?を文章化しよう!」と180度方向転換。最終的に出来上がった本は「グラフィック集」+「私が思うこと」になりました。

スプラトゥーンはインクばら撒いて遊ぶ、生意気なこどもたちのゲームです。でもこの “生意気” の精神が、今感じるネット・社会の閉塞感や課題に対して効能があるのではないか?という文章がまず最初に完成しました。つまり自分は、ゲームが現実世界に対してポジティブな影響を与える可能性を信じたい。自分はポジティブな影響をさらに伸ばすところに貢献したいんだと。思ってもみなかった文章が自分の中から出てきて驚きました。

ゲームと現実世界の境界を塗り返す

スプラトゥーンはそもそも現実世界の写し鏡のようなリアリティを持ったゲームです。私たちの世界のファッションや、若者の欲求がイカたちの世界にも反映されています。

7年前に作った『HITEYE』ではイカ世界の目線を現実でパロディすることで「スプラトゥーンの世界をこういう目線で見てもいいんじゃない?」という提示をしました。

昔APEがMOTHERの攻略本でやっていた、現実世界の写真を使うことで、さもMOTHERの世界が現実の延長線上に存在するように感じられるアプローチを私なりに再現したかったんです。

今回『AQDO』では、もう一歩踏み込んで「じゃあ私たちの現実世界の話をイカ世界にも伝えるべきなんじゃないの?」をやるべきだなと。…となると、イカ世界の文字で誌面を作らないといけないんじゃなイカ…?

新しいイカ文字フォントを作る

スプラトゥーンの世界にある看板や標識などは独特の「イカ文字」で表記されています。

ひらがなに変換できるハイラル文字とは違い、アルファベット、ひらがな、漢字の置き換えが行われていたり、制作者が文字列を意図的にシャッフルしたりと、イカ文字は明確なルールがありません。今回は一番汎用的に使われている直線・直角で構成されたフォントを主に参考として、複数種のフォントをプロトタイプ的に制作しました。いや、こんな悠長な言ってる時点で締切まで2週間を切ってるんですが…。

まずはカクカクフォントをFontLab8で書き起こすことに。しかしこのフォント、長文を読ませるのに向いてないですよね…(イカたちが面倒くさがりだという設定とリンクして考えることもできますが…)。

ゲーム中には「アンチョビットゲームス」というゲーム開発会社もありますし、開発環境でモノスペースフォントが利用されているであろう、と考え、例のカクカクフォントをベースに、モノスペースフォントを作成しました。今回は1つのバージョンしか作れなかったですが、アールが弱いオリジナルに近いカクカクしたフォントもあっていいかもしれませんね。

もう一つ、スプラトゥーンの世界に意外と存在していないセリフ体も作成しました。こちらはオルタナで使われていたフォントの骨格をある程度継承して作成。もしかすると我々哺乳類と魚介類では「ヒゲ」の概念が違うのでは…と思いつつ、幅が狭く、シャープな雰囲気のセリフ体にしました。『AQDO』のロゴはこのフォントをそのまま使っています。

パロディもやったりね。あとは最近流行りの点描系のフォントを作ったり。詳しくは誌面で。

日本語とイカ語を併記する

今回の準備号は、最終的にこれらのフォントを使って、日本語・イカ語を併記した読み物になりました。

参考にさせていただいた書籍があります。グラフィックデザイナーの真崎嶺さんが書かれた『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』です。

この本は同人誌の件とは関係なく皆さんに読んでほしい書籍です(青山ブックセンターの在庫はなくなっているようですがこちらならまだ買えるかも)。日本のデザイン業界における構造的な白人至上主義と西洋化の歴史と文脈について、日英バイリンガルで書かれた本で、本文は日本語と英語が並列に並べられています。

同様に、スプラトゥーンの世界と現実の世界、2つの世界を双方向的に理解することを考えると、イカたちも読めそうな書籍として作れるのではないか。

「私たちの世界からスプラトゥーンの世界を覗き見ることができるように、スプラトゥーンの世界からも私たちの世界を覗くことができるのではなイカ?」

ただPOPEYEのインタビューで真崎さんも2つの文化のつなげるデザインについて「それをデザインでどう表現したらいいのか、まだ答えは見つかっていません」とおっしゃっているので、私ももっと新しい方法を模索べきだったのでは?というのは大きな反省。しっかりと時間をとって制作することの大事さを噛み締めよう!!!!

しかし『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』のテーマから考えれば、この活動はイカ世界の文化を無理解なまま踏み越えようという行為になるのかも。それに関してはまだまだ私のイカ世界の知見、現実世界の文化に対する勉強が不足しているところです。実際ここまで便宜上「イカ世界」「イカ文字」と表記していますが、タコやクラゲ、その他進化した魚介類類が作る多文化社会であることを忘れてはいけません。ぜひイカ研究員の皆さんにはどんどんリサーチの結果を公表していただきたい️。

というわけで

あくまで今回は準備号ですが、来年以降も『AQDO』シリーズの制作を続けていきたいと思います。2週間では全然やりきれなかったですし、当初予定していた実写+3Dビジュアルもやりたいし、新しいテーマも見えてきました。自分の手を動かす自信が、少しずつ戻ってきたようにも感じます。今回はFontLab初体験でしたが、次はBlenderですね。

今のところ『AQDO準備号』『HITEYE』の通販の予定はありません(これもまた私のやる気次第)。ご要望はぜひ Twitter(X)でお願いいたします。

それでは12月30日、東京ビッグサイト 東ピ-43aでお会いましょう!

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福岡陽(akirafukuka) NTTコミュニケーションズ デザインスタジオ KOEL 所属 https://www.ntt.com/lp/koel/ ブランドストラテジストとして「善いブランドを創る」ためブランド/ストーリーテリング/デザインを扱う仕事をしています。